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主 演

武松 和輝

2017年新卒入社 / 新規事業室

KAZUKI TAKEMATSU

INTRODUCTION

「ジャイアン」と呼ばれた
男が
掲げたビジョン

武松家3兄姉の末っ子として産まれた私は、とにかくチヤホヤ甘やかされて育ちました。
兄や姉の友達とばかり遊んでいる日々、年上と遊べている自分は偉いんだと勘違いし、
同級生には常に威張っていた私についたあだ名は「ジャイアン」です。
そんな自由奔放な性格でしたが、19歳の時に父が亡くなったことをきっかけに、考え方に変化が生まれました。
私の父は、史上最年少(20歳)で高校野球の監督になり、自分自身のプライベートも全てを野球に捧げてきた人でした。
父は福岡の田舎の出身で、地元から出たことがありません。
それでも葬式には1,000人近い方が参列してくださりました。
父が亡くなった悲しみよりも、これだけ多くの方に見送られる父を誇らしく自慢に思いました。
大学生の私は、なんとなく父のような人間になりたいと思うようになりました。
自分の将来なりたい姿を想像し始めて迎えた就職活動の中で、兄の勤める会社(あつまる)の社長である石井社長に出逢いました。
兄がいる会社になんて絶対に入社したくないと思っていましたが、
石井社長の元なら成長できるかもしれないと思い、気がつけば入社を決意していました。
入社後、自分のビジョンを掲げるビジョンシートに出逢い、
父が1,000人なら、私はその倍の2,000人を葬式に呼べる人間になるというビジョンを掲げるようになりました。

初めて自分の弱さに
向き合って

意気揚々と兄の会社に入社した私を待っていたのは「結果の出ない毎日」でした。しかも当時、新卒研修の担当をしていたトップ営業マンの兄とのワンルームでの生活。会社でも家でも兄から説教される日々に耐えきれず、何度か家を飛び出したこともありました。
兄があつまるに誘ってこなければ、もっと大きな企業に入社していれば、今頃もっと大きな結果を出して活躍できていたはずなのに。自分の意志で入社したはずなのに、自分のことを棚に上げて、都合が悪ければ人のせいにするような日々を過ごしていました。逃げてばかりで自分自身に向き合うこともなければ、人の言うことに聞く耳も持たない。そんなどうしようもないときも私と向き合い引き上げてくれた社長、当時の上司、そして兄には感謝してもしきれません。どうしようもないところまで落ちて初めて自分一人では何もできないことに気づきました。そこから、自分の弱さ、器の小ささを受け入れられるようになった現在、プロデューサーとして少しずつ結果を残し、改めてビジョンに向き合えるようになりました。

VISION

自分の葬式に
2,000人呼べる
人間になる。

入社5年目になり、初めて自分自身のビジョンを公言する機会がありました。 過去から振り返っていく中で、人生の最終ビジョンである、自分の葬式に2,000人呼べる人間になるためのプロセスが明確になりました。
私はこれまで、ビジョンを掲げて実現に向けて挑戦することから逃げてきました。ビジョンを掲げて挑戦することは辛いことが多いかもしれません。しかし、達成した時の一瞬の爽快感、達成感を味わいたいがために、私は挑戦をすることを決めました。
私がビジョンに挑戦する生き様をこれまで出逢った方々に見ていただくことで、誰かの挑戦のきっかけになれたらと考えています。そして最終的には父を超え、2,000人の方に見送られるような人生を送ります。

  • 2022

    6月1日までに1人リファラル

  • 2023

    アドテック出場、新規事業立ち上げ

  • 2024

    アドテック最優秀賞

  • 2027

    付加価値3億(個人)10億(チーム20人)

  • 2028

    あつまるLA支店責任者

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